ゆず 新曲「春風」

「春風」特設サイトでお宝映像

路上時代からの名曲を葉加瀬太郎と共にリアレンジした「春風」。デビュー10周年にふさわしい傑作シングルだ。
ゆずオフィシャルサイト内に、新曲「春風」のリリースを記念したスペシャルページがオープンした。

このサイトでは3月7日発売の「春風」の試聴やビデオクリップ、メイキング映像の配信などが行われている。今後はゆずからのコメント映像も配信される予定。

また、エキサイトミュージック内にはプロモーション活動の様子をレポートするブログ「総動員 DE いきまっしょい!!春風編」もオープン。3月9日にはテレビ朝日系列「ミュージックステーション」にも初出演する。リリースを控えてますます忙しくなってきた2人から目が離せない!

ゆずは、神奈川県横浜市磯子区岡村出身の、リーダー北川悠仁とサブリーダー岩沢厚治の二人からなる平成フォークデュオ。トイズファクトリーの関連会社である(有)セーニャ・アンド・カンパニーに所属している。

ゆず メンバー そして代表曲

メンバー
北川 悠仁(きたがわ ゆーじん、本名同じ、1977年1月14日 - )

ゆずのリーダー。血液型はA。担当は、ボーカル、ギター、タンバリン、ピアニカ、カズー、口笛、雄叫びなど。「悠仁」「仁くん」「仁ちゃん」などで親しまれている。ゆず結成前はX JAPANのYOSHIKIに憧れバンドでドラマーとして活動。横浜高校時代はバスケットボール部に所属。一時期俳優として活動していた事もあり、テレビ朝日系ドラマ『名探偵保健室のオバさん』等に出演。Vシネマ「オールナイトロング」では主演だったこともある。現在はPV「恋の歌謡日」「もうすぐ30才」などでその片鱗を見ることが出来る。また、映画「サヨナラCOLOR」にも出演。田臥勇太と友人。アコースティックな楽曲が多かったゆずにエレクトリックギターを取り入れる等、彼による新たな試みも多い。ギターは、ジョン・レノンも生涯愛用していたGibsonのJ-160Eを愛用している。髪型の変化も様々で、ストレート、パーマ、銀髪、ソフトモヒカン、長髪に加え、もみあげを生やすなどバラエティに富んでいる。実はタイアップが嫌いである。
岩沢 厚治(いわさわ こうじ、本名同じ、1976年10月14日 - )

ゆずのサブリーダー。「厚ちゃん」「岩ちゃん」「チー坊」「お父さん」などの呼び名で親しまれている。ゆず結成前の高校時代から路上で音楽活動をしていた。血液型はO。担当は、ボーカル、ギター、テンホールズハーモニカ、など。神奈川県立富岡高校時代はラグビー部に所属。右目の下に泣きぼくろがある。北川とは正反対で、デビュー以来髪型がほとんど変わっていない。理由は「めんどくさいから」。ビールが好き。2004年には長渕剛のトリビュートアルバムにコーラスで参加。ギターはヤマハFGシリーズをギターを始めた中学生の頃から愛用しており、現在彼が使用しているギターはヤマハのカスタムメイドモデルである。また、彼の愛する長渕も使用してるハーモニカ TOMBOのMAJORBOYを使用。また、そのハーモニカにはK.IWASAWAと本名のスペルが書かれている。ちなみにブルースハープはホーナー社のハーモニカの商品名であり、岩沢の愛用するMAJORBOYはブルースハープではない。正式名称は10穴ハーモニカ(テンホールズハーモニカ)である。

来歴
1997年10月25日 インディーズアルバム「ゆずの素」をリリース。前代未聞の全曲路上レコーディングによる。
1998年2月21日 ミニアルバム「ゆずマン」でメジャーデビュー。
1998年6月3日 1stシングル「夏色」をリリース。
1998年7月23日 1stフルアルバム「ゆず一家」をリリース。
1998年8月30日 毎週日曜22:00から横浜・伊勢佐木町松坂屋前で行っていた定例路上ライブを、人が集まりすぎるなど保安上の理由からこの日をもって終了。現在は当時ふたりが立っていた場所の壁にレリーフが飾ってある。
1998年9月18日 「ゆず一家」からのリカットとなる2ndシングル「少年」をリリース、初のTOP10入りを果たす。
1999年10月14日 2ndフルアルバム「ゆずえん」をリリース。初のオリコンウィークリーチャート1位を獲得。さらに初のミリオンセラーとなる。
1999年12月25日 寺岡呼人と結成したユニット「The Little Monsters Family」としてシングル「星がきれい」をリリース。
2000年7月12日 50万枚限定でミニアルバム「ゆずマンの夏」をリリース。
2000年11月1日 3rdフルアルバム「トビラ」をリリース。オリコンウィークリーチャート1位を獲得。自己最高の初動売上を記録。
2001年6月29日 一夜限りの東京ドームライブ「ふたりのビッグエッグ・ショー」 開催。
2001年10月9日 ジョン・レノン音楽祭 2001に出演
2002年3月6日 4thフルアルバム「ユズモア」をリリース。
2003年2月5日~2月26日 「ゆずの2月は4部作」と銘打って業界初の4週間連続シングルリリース決行。以後これを真似した商法が続出する。
2003年3月19日 5thフルアルバム「すみれ」をリリース。
2003年7月30日 ミニアルバム「ゆずスマイル」をリリース。
2003年10月4日 ジャパンラグビー応援ソング「威風堂々」発表。(当時リリース未定)
2003年12月31日 「第54回NHK紅白歌合戦」に初出場(横浜松坂屋前から「夏色」「濃」「またあえる日まで」を熱唱)
2003年12月31日~2004年1月1日 初のカウントダウンライブ『ゆずカウントダウンライブ2003~2004 幸(せ)拍(手)歌合戦』開催
2004年5月29日 体育館ツアー2004「夢の地図」前夜祭を行う(東京)
2004年9月5日 体育館ツアー2004「夢の地図」沖縄公演(沖縄ダンスクラブ松下)が台風18号の影響により初のライブ中止となる
2004年9月15日 6thフルアルバム「1~ONE~」をリリース。
2004年9月29日 横浜市より「横浜文化賞」の「文化・芸術奨励賞」を受賞する。(授賞式は10月30日)
2004年10月30日 9月29日に決まった「第52回横浜文化賞」授賞式
2004年12月15日 イベント「スペシャ大感謝祭~夢の青白歌合戦!?」出場(東京体育館、12月31日テレビ放送)
2004年12月22日 冬至の日ライブ(沖縄県)
2004年12月31日 第55回「NHK紅白歌合戦」に2回目の出場(NHKホールから「栄光の架橋」を熱唱)
2005年6月8日 本人らが選曲したベストアルバム「Going [2001~2005]」「Home [1997~2000]」を2枚同時リリース。
2005年7月23日・24日 NISSAN OTTI Presents YUZU SUTADIUM 2005 「GO HOME」開催(日産スタジアム)
2005年12月22日 冬至の日ライブ(高知県)
2006年1月18日 7thフルアルバム「リボン」をリリース。
2006年1月21日~5月28日 ゆず体育館ツアー2006「リボン」
2006年7月29日~7月30日 ゆずスマイルコンサート2006「にほんのうた」
2006年12月22日 冬至の日ライブ(横浜)
2007年3月7日 シングル「春風」をリリース予定
またJリーグ1部の横浜Fマリノスのサポーターズソング「We are F Marinos」を作成しレコーディングは坂田大輔、榎本達也、田中隼磨らマリノスの主力選手と共に行った。1万枚限定で発売された同CDは既に完売している。現在、横浜Fマリノスのホームゲームで試合前にこの曲が流され非常に盛り上がっている。


代表曲
夏色
1998年6月3日にリリースした、デビューシングル。
スペースシャワーTV 1998年度6月期 POWER PUSH
ブレイクのきっかけとなり、27万枚を記録した。
ライブでこの曲をするときはイントロが長くなり、GO HOME 以来、「ソレソレソレソレ」のかけ声が加わる。
ライブでは基本的にサビ部分を2~3回繰り返す。多いときは6~7回繰り返すこともあり、演奏時間が8分を越える。(CDでは約3分)
この曲を演奏しなかったライブは今のところ2000年12月22日冬至の日ライブのみで、客席の後ろのほうの人がたっている場所が板張りでジャンプしたら危なそうだったからなどと推測されている。
少年
1998年9月18日にリリースした2枚目のシングル。
元々ゆず一家に収録されてたアルバム曲だったがエースコックのCM(本人出演)に抜擢されシングルカットされた。
そのため売り上げのわりに知名度の高い曲である。
シングルとアルバムではバージョンが違う初の楽曲でもある。
アルバムバージョンでは間奏部分でネプチューンがコントで参加している。
からっぽ
1998年11月11日にリリースした通算3枚目のシングル。
ロングヒットし、自身初の30万枚を超えるヒットとなる。
ジャケットとPVに登場する木は「からっぽの木」とファンの間で親しまれているが、心ないファンによる落書き、イタズラが絶えない。またこの場所はスミレのPVにも使われている。
いつか
1999年1月20日にリリースした通算4枚目のシングル。
北川悠仁の親しい友人の引っ越しをきっかけに作った曲。
小~中規模のイベントに参加する際はほとんど歌唱する。
また、弾き語り曲としても人気があり、コブクロなどにもカヴァーされている。
サヨナラバス
1999年3月17日にリリースした5枚目のシングル。
作詞作曲はリーダーの北川悠仁。
別れの歌を明るく歌う曲で、ファン以外の人からも支持の高い曲である。
始まりの場所
1999年10月14日にリリースされた通算2枚目のアルバムゆずえんの2曲目に収録されている。
作詞作曲は岩沢厚治。
フジテレビ系列あいのりの初代オープニングテーマ曲。
なにかを始めるときに聞くといい曲だと言われ、ライブでも人気の楽曲である。
この楽曲が入った「ゆずえん」は100万枚を越す人気アルバムとなった。
嗚呼、青春の日々(ああ、せいしゅんのひび)
2000年5月31日にリリースした通算9枚目のシングル。
自身初のオリコンウィークリーシングルチャート1位獲得作品。
北川がエレキギターを使用するなど今までのゆずのイメージを打破し世間を圧倒する。
カバー絵は人気漫画家の本宮ひろ志が手がけた。
また、歌詞から分かるように亡くなった友人に捧げた曲でもある(アルバム「ゆずマン」収録の「シュビドゥバー」の続編に当たる)
アルバムヴァージョンはイントロの前にこの曲のレコードがかかっているかのような演出で始まる。
飛べない鳥/シャララン
またあえる日まで
2002年10月17日にリリースされた通算14枚目のシングル。
作詞はアドベンチャーキャンプの子供達&北川悠仁、作曲は北川悠仁。
アニメ「ドラえもん」のテーマソングとなって新たなファン層をつかんだ曲。
累積売り上げ14.8万枚。
桜木町
2004年6月2日にリリースした、通算20枚目のシングル。シングルは桜木町の他にシュミのハバという曲と2004年のゆずの全国ライブツアーのタイトルにもなった夢の地図の3曲A面でリリースされた。
作詞・作曲はゆずのリーダーである北川悠仁が、そして編曲には松任谷由実の夫である松任谷正隆氏が手がけたラブソングである。この曲はゆずの2人が学生時代に通学する際やストリート時代に待ち合わせ場所として利用していた旧東急東横線の桜木町駅が、2004年2月1日に開業した横浜高速鉄道のみなとみらい線(横浜駅~元町・中華街駅間)の開業前日の2004年1月31日に廃止されてしまい、想い出等を綴ったラブソングとして仕上げた曲である。なお、プロモーションビデオにはゆずの2人に加え女優の石原さとみも出演している。旧東急東横線の桜木町駅は廃止されてしまったが、桜木町駅は現在もJR東日本と横浜市営地下鉄が乗り入れている駅である。因みに、「雨と泪」のプロモーションビデオに出てくる駅はこの桜木町駅で、彼らにとって思い入れのある駅であるということが伺える。
栄光の架橋(えいこうのかけはし)
2004年7月22日にリリースされた通算21枚目のシングル。
作詞と作曲をゆずのリーダーである北川悠仁が、編曲を松任谷正隆が担当したこの曲は、同年開催されたアテネオリンピックのNHK放送の公式テーマソングとして起用され、体操男子団体が金メダルを獲得した時の中継でNHKの刈屋富士雄アナウンサーが実況した「伸身の新月面が描く放物線は栄光への架橋だ!!」という実況が人気を呼び、流行語大賞にノミネートされた。また栄光の架橋は同年9月15日にリリースされたアルバム「1~ONE~」にも収録されている。他にもNHKのみならず民放各局のバラエティ番組「めちゃ²イケてるッ!」、「水10! ワンナイR&R」、「脳内エステ IQサプリ」、「行列のできる法律相談所」などで、使用された。また千葉ロッテマリーンズのサブロー外野手が本拠地の試合で打席に入る際にも流されている。
ちなみに、2000年シドニーオリンピックでの日本代表選手団公式ソングは当時最大のライバルと言われていた19が担当していた。