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ゆず の概略

概略
ストリートミュージシャン出身。元々同じバンドのメンバーであった二人が出し抜けをくらわせてストリートに出身。ストリート時代は主に横浜市中区伊勢佐木町の松坂屋前で路上ライブを行っていた。最初にストリートに出たのは岩沢で、それを見た北川が一緒にやろうと誘う。岩沢の返事は、ドキドキしている北川に比べてかなり軽くOKしたとテレビで話していた(参照:WEST21)。 路上の最終日は7000人が集まった。


結成当初は「Lights」という名前だったが、これを自分達に合っていない上、軽くダサいと感じていた北川が、二人が当時一緒にやっていたバイト先の食事会で食べた柚子シャーベットから「ゆず」へと変更(因みにそのとき岩沢はバニラアイスを食べていたため、もしかしたら「ゆず」ではなく「バニラ」になっていたかも、とよくネタにしている)。音楽プロデューサーに元JUN SKY WALKER(S)のメンバーだった寺岡呼人を迎え、1997年『ゆずの素』でインディーズデビュー。翌年1998年1stシングル『夏色』でブレイク。テレビへの露出は少ないが(バラエティでは、2002年のワンナイR&Rスペシャルに出演していた)、さわやかな歌声、詩などから老若男女を問わず幅広い層から支持を得る。また、フォーク復興の立役者としての評価も高く、新たなるフォークとして「ネオ・フォーク」と呼ばれるジャンルを確立した(本人らの自称は「平成爽やかフォークデュオ」)。2003年及び2004年には「NHK紅白歌合戦」にも出場した。さらに初のカウントダウンライブを横浜で行う。『栄光の架橋』がNHKの2004年アテネオリンピック放送の公式テーマソングに起用され、ゆずの知名度は更に高まった。この影響からか、以前よりテレビ番組へ出演する機会が増えた。

路上アーティストの中でも、ゆずの楽曲を歌う者は数多い。ゆず以前はスピッツが特に人気があったようだが、現在ではその人気を追い越す勢いで、19、唄人羽、コブクロなどと共に弾き語りの定番となっている。

ゆずのファンのことを「ゆずっこ」と呼ぶ。 ライブ前には演者・客・スタッフ・警備員含め全員で「ラジオ体操第一」を行い、アンコールのコール代わりにゆずの曲を歌うのが定番となっている。また、日本では冬至の日に柚子湯に入る習慣があることから、それにちなんで、毎年冬至の日には無料のライブを敢行している。この冬至の日ライブは、現在では珍しい録音録画完全OKのライブとなっているかわりに、ライブ会場は当日朝までシークレットとなっている。

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